スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

波乗りGENZAI

量子の世界では、物質の最小単位は「ヒモ」であり、そのヒモの振動数によって、量子の種類が決まるという

振動するヒモ

振動には波長がある、つまり波

物質の単位が波であるなら、わたし達人間もまた波

寄せては返す海のさざなみに、心が癒されるのも、波だから?


気候もまた波

氷河期 温暖期 繰り返して現在に至る

今後は寒冷期に移行するらしい


宇宙もまた波

ビッグバンが本当かどうかはわからないが、一点から爆発的な膨張を続け、あるときから再び収縮に転じる という

いずれにしても膨れては縮む

まるで三角関数のような 波


経済もまた波

ここ数十年で急激に膨張した金融資本は、いずれ収縮に向かうかもしれない

遠い未来に、自給自足の縄文弥生時代に戻るかもしれない

物々交換の価値の基準として、天下の回り者「money」が使われている

元は、貝であったり、銅、銀、そして金であった

いずれにしても、その価値を決めるのは人間である

moneyの価値が暴落すれば、goldになるかというと、そうでもないだろう

goldは確かに美しく、人間の妖しい欲望をかりたてる

goldに価値を感じているうちはいいが、goldはmoneyと同じで、結局実物は食べられない

goldが人類共通の価値を普遍的に得られるかどうかは、幻想的である

世の中が波である以上、限りなく景気がよくなる世界などあり得ない

膨張したユーロは、また離別個々に分解していくだろう


これからの世界は、収縮に向かい始めたのかもしれない

負の方向に生きる自覚

正の方向への幻想にとらわれていると、今後は思ったようにいかないので、息苦しくなるだろう

負の方向に進む世界で 気持ちはプラスに生きることが大切だ

世の中は波であり、プラスに進むときもあればマイナスに進むときもある

而して、自らは過去から未来へと一方向へしか歩むことは出来ないのであり、しかも現在の檻から逃げ出すことはできない

生から死へ 死から生へ

生死もまた波といえば波


現在から逃げられないとの同じく、「波」の業からも逃れ得ない

現在を波に沿って生きる

それ以下でもそれ以上でもない

それが人生なのではないか


時間の最初も最後も決してわからない

宇宙を宇宙の外から眺めることも決して出来ない

時空の限界を理解できない以上、人間の存在はこの宇宙の一構造体に過ぎず、井の中の蛙、釈迦の掌である

発展した科学は、多くの驚くべき知見をもたらした

しかし科学もまた波

これからは何でもわかると思っていた科学は、何にもわからなかったということがわかっていくだろう


井の中、釈迦の掌で、「波」の業を背負い、現在を歩み続ける存在

それがこの現世であり、人間である

個を区別すれば、自分も死も存在するが、個を消し去れば、そこには自分や死は存在しない

個を区別しているのは、人間や動物の本能ではあるが、本質ではない


すべてを消し去ってゆけば、波と現在が残る

さらにそれさえも消し去れば、井の外には釈迦、それは絶対無の世界



スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
プロフィール

ドクトル・グレイ

Author:ドクトル・グレイ
ドクトル・グレイ(愚零) (KIN 191:青い猿、青い夜)

小学生の時、鏡を見ていた自分が忽然と思った。
「自分が死んだらこの世から消えてしまう。消えてしまう自分とはいったい何なんだろう。」
以来、わたしは「大人」になった。分別知が芽生えたのである。それは無分別の世界に遊んでいた子供の楽園から、不幸の滝壷に突き落とされた瞬間でもあった。
生死の不安、明日の心配・・・
悩みはつきることなく湧き出でたが、解決の糸口はつかめなかった。
何のために生きているのか?
他の生き物を傍若無人に虐殺してまで、人間は何のために生きるのか?
将来必ず死ぬことが、わかっているではないか。
高校生の時、西田幾多郎の著作に出会った。
「絶対矛盾的自己同一」
なんだかよく分からなかったが、そこには答えとなる真理が隠されているように感じた。
いったい自分は、人間は、何を知っているというのだ。
そもそも知るという認識の過程から考え直さなければならないのではないか。
自分のことを自分が一番良く知っていると思っている。
そんなのウソだ!
自分とは何か、他とは何か、生きるとは、死ぬとは、自然とは、宇宙とは、神とは何か?
人知に照らされたこの世界。
人知に掘られた井戸の中の蛙である人類、わたし。
宇宙の果てを井戸の中に探しに行くアホらしさ。
カマキリやチョウが、明日に死ぬ心配をしているか?
相対と絶対。
不連続の連続。
少しずつ答えの入り口が見えてきた。
何も知らずしてすべてを識り、時空を知らずしてすべてを識る。
科学は無智であり、自然は無知である。
鏡に映った自分は、自分の知っている自分ではなかった。
人知による分別世界は相対世界。
相対世界は虚相世界。
虚相世界の生死、それは結局、蜃気楼。
人知の懐中電灯を消せば、薄暮に浮かぶ無限的広野が眼前に広がっていた。
真実の実相世界は無分別の智、それは絶対無。
不安、恐怖、対立、争闘・・・
虚相世界のすべての現象、それは絶対無において一縷の疑問もなく消滅した。
探し物は、遠い未来にも遥かなる宇宙にもなかった。
永遠は今この瞬間にあり、無限は目の前の一点にあった。
ごはん一粒に、無限宇宙と深遠なる神を見る。
知らない自分はすべてを識る。
自分は自然、自分は宇宙、自分は神、そして絶対無の存在。
本当の歓び、本当の愛。
あえて言葉で云うならば、絶対的歓喜と絶対的大愛に満ち満ちた世界。

人類よ、前へ進むな、振り返れ!
人類よ、今こそ行こうぞ、絶対無へ!


(KINについては、以下の「古代マヤ暦の暗号」を参照のこと)

リンク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
FC2カウンター
FC2ブログランキング
↓ランキング参加中。クリック応援よろしくお願いいたします。

FC2Blog Ranking

ブロとも一覧
世界のなかのみんな
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。