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LAVENDER SUNS

6/28 SW.comより

カリフォルニアは山火事が続いている。
そんな中、煙の微粒子が大気を染め、ラベンダーの太陽が姿を見せた。

182.jpg

赤い太陽ではなく、ラベンダーの太陽・・・

なんとも味のある呼び名をしたものです。

でも山火事は早く消えて欲しい・・・。


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空を駆ける雲

寝転んで、流れる空の雲を無心に眺めていた。

雲は自由だ。

それに引き換え自分は・・・


ヒトは多くのものを所有しすぎて苦しくなっている。

以前書いたが・・・存在とは所有することでもある、と。


自分から一つ一つ消し去っていったらどうなるか?

カネ、家族、家、車、身分、仕事・・・

みんな失くしてしまったら・・・?


最後に何が残るであろうか。

そこにはただ、自分という存在を所有した自分しかいない。


その自分をも消し去ったら?

それは無であり、ついに本当の自由の世界を得る。

無は魂であり神である。



自分を消し去る作業・・・それが「死」である。

考えてみれば、生まれ来て生きるということは、所有と消去の絶対矛盾であった。

例えばPCにおいても、保存と消去(ごみ箱に捨てる)を繰り返してMy PCを形成してきた。

保存ばかりしていては、HDは重くなって動かなくなってしまう。


自分というPCにおいても、いかにうまく消去ができるか・・・。

そして一番最後の「消去」を、抵抗なく行えるようにしたい。



真に自由な世界へ・・・

所有と消去が同一化した世界へ・・・


わたしはその時、大空を駆ける雲になる。

草木の心

太陽に向かって真直ぐ素直に伸び

背伸びをせず地面にしっかり根を下ろし

風はやんわり受け流し

雨が降っても流されない



いつも決まって個性的な花を咲かせ

相応をわきまえた短いお洒落の後には、未練なく葉に戻る



惜しげもなく花の蜜を蝶や鳥に分け与え

葉っぱは虫の命をつなぐ



秋が来れば執着なく葉を落とし

寒さを忍びひっそり一人佇む

よく見れば春に向けて新芽の準備を怠らない



離れた落ち葉は虫たちの冬の家となり

日向ぼっこの猫の布団となる




そんな草木がわたしは好きだ



そんな草木のようにわたしは生きたい

魅惑花

じゃじゃ~ん!!

181.jpg
Aristolochia ridicula

すごい花です。花ですよ、コレ。

右下の黄色いものは、ジャコウアゲハのさなぎ。

花のすぐ左下の葉裏の丸い小粒3つは、卵。

179.jpg
Aristolochia debilis

これが日本国産の普通のウマノスズクサ。

現在、満開に咲き誇っている。


180.jpg
アカンサス・モリス



3年目になって一気に大きくなった。

すっくと伸びた質素で可憐な花は、ギリシャ神殿の柱を思わせる崇高さがある。




ジャコウアゲハは美しく、人懐こく、魅惑的な蝶だ。

もっと人家に食草ウマノスズクサを植えるようになるといいと思う。



そのスズクサも、これまた特異な玄人好みの植物で、上のような花を野外でみかけることはほとんどない。

外国産のスズクサも、何十種類と入手可能であるが、そのすべてが個性的で、集めていて大変興味深い。



何度もいうが、ジャコウアゲハはあの大きく美しいトリバネアゲハと同じ仲間である。




仕事の奥にあるもの

仕事をすることは世のため人のため。

そう信じてそう思っている。



しかし仕事をしてきた結果、地球は滅亡に向かっている。

この事実を熟慮している人がどれだけいるだろうか。



仕事とは「白衣」のようなものだ。

言葉のオブラートで聖なる響きを持つ。



唱えるだけで、疑いもなくえらいと思われる、魔法の言葉。



人の欲望に答えるのが仕事。

そしてそれが仕事となる。

これは厳然たる事実。



人には欲がいろいろある。

食欲、性欲はじめ・・・書き出したらキリがない。



仕事に対してはカネが払われる。

逆にいえば、カネにならないことは仕事でない。



カネは犬や猫は持っていない。

人だけである。

つまり、ヒトを相手にし、ヒトを喜ばしヒトが要求することをしなくては、仕事にならないということである。



仕事とは所詮そんなものだ。

世の中には、仕事ではない大切なことが無限にある。

そして、ヒトだけを相手にしていては見失ってしまう大切なことがたくさんある。



仕事が着ている「白衣」をとったら、そこには得てして悪魔がいたりする。



仕事をしないことは悪いことではない。

仕事の本質を理解せずに、「白衣」を脱ごうとしない人間の方が問題だ。



高級車やぜいたく品を売りつけるのも仕事。

環境汚染も「仕事」の結果。

個人投資家は無職だが、企業に属して客を相手に投資をすれば、これは一流企業のエリート社員。



仕事、仕事・・・

もうたくさんだ。



仕事が大事なのではなく、自らの行動、動機の位置づけを、考え理解することが大切だ。

仕事= とりあえずカネを稼ぐ手段 ・・・それ以上でも以下でもない、と考えるべきである。



人生、命、魂にとって真に大切なことは、仕事と呼ばれるものではない。

逆にそれが仕事となるときは、人々の欲望がコントロールされ、逆に霊的なことが欲されるような霊性高き社会を意味する。



残念ながら、今は悪の力が強い物欲全盛の時代であり、仕事とは悪のパシリであることが多い。



仕事をしなくては食っていけず、生きていけない。

しかし「仕事の奥にあるもの」を見つけなくては、魂は生きていけない。



まずは、自分のしている仕事という行動を、天から見下ろしてみたらいかがであろう。

はったりの「白衣」がよく見えるであろう。

そして白衣の先生もタダの人(もしくはタダ以下)であるのがよくわかることだろう。

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プロフィール

ドクトル・グレイ

Author:ドクトル・グレイ
ドクトル・グレイ(愚零) (KIN 191:青い猿、青い夜)

小学生の時、鏡を見ていた自分が忽然と思った。
「自分が死んだらこの世から消えてしまう。消えてしまう自分とはいったい何なんだろう。」
以来、わたしは「大人」になった。分別知が芽生えたのである。それは無分別の世界に遊んでいた子供の楽園から、不幸の滝壷に突き落とされた瞬間でもあった。
生死の不安、明日の心配・・・
悩みはつきることなく湧き出でたが、解決の糸口はつかめなかった。
何のために生きているのか?
他の生き物を傍若無人に虐殺してまで、人間は何のために生きるのか?
将来必ず死ぬことが、わかっているではないか。
高校生の時、西田幾多郎の著作に出会った。
「絶対矛盾的自己同一」
なんだかよく分からなかったが、そこには答えとなる真理が隠されているように感じた。
いったい自分は、人間は、何を知っているというのだ。
そもそも知るという認識の過程から考え直さなければならないのではないか。
自分のことを自分が一番良く知っていると思っている。
そんなのウソだ!
自分とは何か、他とは何か、生きるとは、死ぬとは、自然とは、宇宙とは、神とは何か?
人知に照らされたこの世界。
人知に掘られた井戸の中の蛙である人類、わたし。
宇宙の果てを井戸の中に探しに行くアホらしさ。
カマキリやチョウが、明日に死ぬ心配をしているか?
相対と絶対。
不連続の連続。
少しずつ答えの入り口が見えてきた。
何も知らずしてすべてを識り、時空を知らずしてすべてを識る。
科学は無智であり、自然は無知である。
鏡に映った自分は、自分の知っている自分ではなかった。
人知による分別世界は相対世界。
相対世界は虚相世界。
虚相世界の生死、それは結局、蜃気楼。
人知の懐中電灯を消せば、薄暮に浮かぶ無限的広野が眼前に広がっていた。
真実の実相世界は無分別の智、それは絶対無。
不安、恐怖、対立、争闘・・・
虚相世界のすべての現象、それは絶対無において一縷の疑問もなく消滅した。
探し物は、遠い未来にも遥かなる宇宙にもなかった。
永遠は今この瞬間にあり、無限は目の前の一点にあった。
ごはん一粒に、無限宇宙と深遠なる神を見る。
知らない自分はすべてを識る。
自分は自然、自分は宇宙、自分は神、そして絶対無の存在。
本当の歓び、本当の愛。
あえて言葉で云うならば、絶対的歓喜と絶対的大愛に満ち満ちた世界。

人類よ、前へ進むな、振り返れ!
人類よ、今こそ行こうぞ、絶対無へ!


(KINについては、以下の「古代マヤ暦の暗号」を参照のこと)

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