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海を越えた種子

85.jpg

イギリスから「たね=種子」が届いた。



日本では売っていない植物。



海外のウマノスズクサ。



とても興味深く、かなりはまってしまった。



ウマノスズクサを研究されている、とある大学様からは、遺伝子の系統分析の論文も送ってもらった。



ありがとうございます。




まだあと、ブラジルから種子がとどく予定。



わくわく。



英文メールはしんどい。(でも好きなことなら頑張れる)


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「孤独について」

孤独と聞くと、寂しいイメージが浮かぶ。

周囲の世界から孤立して、独りでポツンと生活しているイメージだ。



みなさん、自分を孤独だと思いますか?

そして孤独をどう考えますか?



孤独とは、その孤立の対象を人間に求めるのが普通だ。

話し相手や大事に想える人がいないと、人は孤独を感じる。

 友人がいない。

  家族がいない。

   恋人がいない。

    知り合いがいない。



しかし人は元々孤独な存在だ。

孤独がどんなに嫌であっても、わたしはわたしであって、絶対にあなたにはなり得ない。

単独個体として独立した存在、それがわたしであり、あなたとは矛盾した存在として生きている。

その孤独な単独個体である絶対矛盾的存在同士が、同一的観点で繋がりを持っているのがこの世界である。



どんな人、どんな動物、どんな植物もその矛盾的多型はこの「絶対有」の世界に必需の存在だ。

そしてそれらすべての矛盾的存在は、その存在においては孤独を共有し、而して同一的世界を形成しているのだ。



矛盾は矛盾同士、矛盾を解消しようとする。

そこに世界を動かす「働き」が生じる。

雨が降り、風が吹くのもそう。

孤独的存在である「矛盾的人」と「矛盾的人」同士が、おしゃべりをするのもそう。

確かにそれは矛盾の解消、孤独の解消になるだろう。

ただしそれはあくまで一時的解消であり、基本的に生物のすべては絶対孤独的な存在だ。

そしてそのように世界はできている。



では矛盾的人は、矛盾的人としか孤独の解消、矛盾の解消ができないのであろうか?

そんなことはない。

すべての「有」である生き物は、その存在においてお互いが孤独で矛盾なのだ。

いわば「矛盾的人」は、「矛盾的動物」「矛盾的植物」ともその孤独をお互い解消することが可能といえる。





わたしは息を吸って、食べ物を食べて暮らしている。

あなたも息を吸って、食べ物を食べて生きている。

息を吸い、食べ物を食べることができる、この世界があって、わたしたちは生かされている。

「この世界」はわたしではない。でもわたしではないけれど「わたし」なのだ。



わたしはこの世界のすべてとつながっている、つながることができる。

 ~友人、恋人家族がいない・・・

   そんなけちくさいことを言うな。

 ~話し相手がいない、一緒に過ごす人がいない・・・

   そんなけちくさいことを言うな。



わたしは世界の全てと矛盾している。

わたしは世界の孤独として存在している。

でもわたしは世界の全てと矛盾を解消し、孤独を解消することができる。

世界中どこにいても、何をしていても。

~それはなぜなら、生きているから・・・。



生きているから孤独があり、孤独があるということは孤独がないことでもある。

孤独は「相対無」である。

本来そこに何かが「ある」と思うから存在する概念である。

もともと本当に何も無ければ孤独など存在しない。

それは「絶対無」の世界だ。



生きているわたくしたち歴史的生命は、すべてが孤独でありすべてが孤独ではないのだ。



孤独は悩むものでなく、耐えるものでもなく、それは生きている証そのものだ。

もしわかっていても、孤独でさみしくなったのなら、心のアンテナを広く開こう。

孤独で自殺なんてするな。

おしゃべりの相手は友人、恋人家族だけじゃない。

ほら、いつでも「友達」は世界中どこにでもあなたのそばにいるのさ。





ところで人間には実はもう一つ、人間だけに許された孤独解消法がある。

それについては、項を改めて概説する。



人間賛歌第1章のFさん、第2章のOさんは、孤独が一因で故郷に帰るのをためらっていた。

第3章のIさんは、夫を亡くして強い孤独感を味わっていた。

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高村光太郎が「独居自炊」生活を送った、岩手県花巻郊外の「高村山荘」

人生賛歌 第3章

第3章  夜





冬は夜の帳(とばり)が降りるのが早い。

Iさん(56歳、女性)にとって、またきょうも夜に怯える長い時間が始まることになる。





Iさんは快活で明るい人だった。

インスリン治療を受けているが、外来では常に前向きで笑顔を絶やさない。

治療への取り組みもまじめで、1日3回の自己血糖測定を、指の痛さにもめげず、欠かしたことはなかった。



そんなIさんを突然の不幸が見舞ったのは、つい1ヶ月前。

旦那さんが、突然亡くなられたのだ。



Iさんは振り返って、こう云う。

「ほんとに何事もなかったんです。となりの部屋でてっきりテレビを見ていると思ったら、気づいたら動かなくなっていたんです。」

なんの叫び声も物音もしなかったという。



激しく嗚咽をもらしながら、Iさんはとぎれとぎれに言葉を続けた。

「お酒が好きで肝臓を壊し、病院にもかかっていたんです。救急車で担ぎこまれたんですけど、すでに事切れていました。死因は心不全と云われましたが、肝臓が悪かったんです。」



注)へぼ医者の推測では、肝不全による電解質異常で発生したVf(心室細動)が原因と思われる。

  いや、そんなことはどうでも良い。



Iさんの泣きながらしぼり出した次の言葉に、わたしは心がしびれた。

「酒ばっかり飲んで、お互いいつも喧嘩ばかりでしたが、それでも隣に居てくれると思うと安心していられたんです。それが今は一人で・・・。 夜が怖いんです。すごくすごく怖いんです。自分ひとりしかいないと思うことがすごく怖いんです。」

う~ん・・・心の中でわたしはうなった。

Iさんには子供さんも居るのだが、色々事情があって、家に来てはくれないのだという。

「もう、あの主人が薄目を開いて息絶えていた姿がいつも浮かんできて、それがトラウマで・・・」





夜・・・

美しい夜景。夜のドライブ。

流れ星。月明かり。

夜はロマンチックでもある。



一方、夜は動物達にとって、敵に襲われるかもしれない死と向き合わせの恐怖の時間でもある。

そしてIさんもまた、この日を境に夜は恐怖に変わった。





さっきまでいたあの人がいない。

もうこの世にはいない。

会いたくても絶対に会えない。



もっと優しくしてあげればよかった。

もっとたくさん話をしておけばよかった。



わたしを一人に残さないで・・・

あなたはどこに行ったの?





夜は何も答えてはくれない。

ただただ、懐かく温かい思い出の過去と、恐怖と孤独の迫る未来を、この現在に引き合わせるだけだ。



Iさんは口では笑おうとしていたが、目からは涙がとめどなく溢れた。



わたしはそっとIさんの手をとって、こう云った。

「人間、動物はいずれ必ず死んでしまいます。遅いか早いか、何が理由でかはそれぞれで違いますが、それはわたしもIさんも、そして亡くなられた旦那さんも同じです。長生きするだけが幸せなことではありません。日本は幸いにも長寿の国ですが、アフリカなどでは50歳で亡くなられる人も多いわけです。でも彼らが幸せでないと誰がいえるでしょうか? 生きてきた時間の長さより、時間の質が大切なんだと思います。亡くなられた旦那さんのことを、Iさんが今のように思えるということは、とても素敵なお二人の時間を過ごされてきたという証明です。素晴らしいことだと思います。今は悲しくておつらいことと思いますが、今までご夫婦として過ごされてきた時間は、堂々と自信をもっていいものだと思います。悲しみは必ず時間が解決してくれます。トラウマも恐れることはありません。人は皆、少なからずトラウマを抱えて生きています。トラウマもまた自分の人生、うまく付き合っていくうちに、きっと将来、それもいい思い出に変わっていくはずですよ。とにかく今は時間の流れに身を任せて、ゆっくり休みましょうね。」



とっさのこういう場合、何て言葉をかけたらいいのかは難しい。

黙ってうなづいて聞いてあげるのがいいのかもしれない。

でもわたしは黙ってはいられない性分で、たいそうなことをもっともらしくしゃべくってしまい、いつも後で恥ずかしくなり後悔するのだ。



でもIさんは涙を拭き、こらえながらも、しきりにうなずいてくれていた。

こうやって話ができただけでも、来て良かったとおっしゃってくれた。

ありがたい。





Iさんは診察室を後にするとき、最後にこう云った。

「うちの主人は、家で死ねただけでも幸せだったと思います。苦しみもしませんでしたし。ろくでもない主人でしたが、いなくなるとほんとにさみしいものですね。」

そう云うと、少しだけいつもの快活な白い歯がのぞいた。



わたしはぎこちない微笑で会釈をした。

青のキャンバス

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どこまでも、どこまでも



深く、吸い込まれそうな



青いキャンバス




ここは空・・・



群青の青空は、幸せの青い鳥が流す涙が染めたのです



キャンバスの電線に、青い鳥が停まるのは、いつの日か
      (*よく見ると写真に電線映ってますよ)







幸せの涙か、悲しみの涙か




あしたのキャンバスに何を描こう




決めるのはわたしとあなた、わたしたち

人生賛歌 第2章

第2章  海



「え~っ、あの黒島ですか!?」

わたしは驚いて聞き返した。

すると、

「えっ、行かれたことあるんですか!?」

と、逆に驚かれた。



同じくタクシー運転手のOさんは、なんと石垣島に近い黒島の出身だという。

Oさんは63歳。なるほど、そういえばいかにも沖縄らしい苗字をお持ちだ。

頭頂の毛はすっかりなくなり、それなりのお年を感じさせるが、長身で独特のゆったりした雰囲気をお持ちだ。

10代で本土に働きに出て、そのまま50年の歳月が流れた。

今はFさんと同じ静岡の会社で働いている。

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「学生時代に友人と黒島に立ち寄りましたよ。すごく美しい島で、沖縄の原風景が残されていますよね。ウミガメが産卵に来る浜辺もありましたねえ。灯台もポツンと立っていて、風情がありました。石垣を積み上げた古き町並は確か日本の道100選に選ばれていたはずですよ。」

わたしはまくし立てた。

Oさんは少し首を前にしながら、黙って聞いてくれていた。

黒島は沖縄の離島の中で、わたしに最も強烈な印象を残した島だった。

石垣島から高速船でわずか30分ほどで到着する。

さみしげな桟橋に船が着くと、目の前にさびれた感じのレンタサイクルがある。

「どれでも好きなのに乗ってきな」

おばちゃんはそういって、無頓着に並んだ自転車を指さした。



島は人口約200人、人より牛の方が多い。黒毛和牛だ。

一周12キロで、道を自転車で一周するだけなら1時間程度で回れる。

島にはたった一軒の商店しかない。確か「たま商店」という名前だった。



とにかくのどかで静かな島だった。

時間がゆっくり流れていた。

牛を横目に見ながら、舗装されていない道に自転車を走らす。

暖かくしんしんと降り注ぐ日光。

でもさすがに暑い。

79.jpg

ウミガメの「西の浜」は、エメラルドグリーンの渚と白い砂浜が広がっていた。

人の姿はまったくなかった。

わたしたちは灯台の日陰に自転車を止めて、休んだ。

額から流れる汗。

木陰から心地よいそよ風がわたしたちを通り過ぎていく。

「いいな。天国だな。ずっとここに寝転がっていたいな。」

わたしたちはよそ者の会話を楽しんだ。

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走馬灯のように蘇えった鮮明な記憶をたどりながら、わたしはOさんに話し続けた。

「島に入るとすぐ、レンタサイクルがありましたよね。」

わたしは、よくご存知で、という返事を期待していたのだが、Oさんは一瞬困ったような顔をして、

「いや~わからないですね。もう何十年も帰っていないですから。今どうなっているのか、全然わかりません。」

深い理由があるのを感じて、わたしは押し黙った。



しばらくするとOさんは話し始めた。

「なんにもない島ですよ。海しかない。子供の頃は一日中、海を眺めていました。」

さらにOさんは続けた。

「貧しくてね。沖縄の中でも一番貧しい島でした。」

わたしはここで口を挟んだ。

「でも、実際に住んでいる人たちは、自分たちを貧しいとは思っていなかったでしょう?」

現金がなくても島には豊かな恵みの自然がある。

豊かな自然を前にして、貧しいわけがない。少なくとも心は人としてとても豊かなはずだ。

そしてOさんはその通りだ、とうなずいてくれた。



「先日、沖縄で小学校の同窓会があったんですよ。仲間は23人いましたが、そのうち13人が集まりましてね。本土から行ったのは、わたしを含めて2人だけでした。」

饒舌でないOさんは、あまり多くを語らない。

「いや~、50年ぶりにあった女の子がいましてね。でも雰囲気で覚えていましたよ。」

Oさんは少し照れくさそうに笑った。



Fさんと違って、Oさんはあまり故郷に強い未練はなさそうだった。

でもさすがに懐しいらしく、黒島の話になると目尻が下がる。

時々石垣島の仲間とも連絡をとっているそうだ。

「釣りでもやりながら老後をあちらで暮らそうかとも思いましたけどね、もう知っている人がほとんどいないんですよ。移住者も増えたようでね。民宿なんかをやっているようですけど。なんにもない島ですから。」

Oさんはしきりに、なんにもないことを強調していた。



わたしはそっと振ってみた。

「でももう少ししたら、いなかに帰られてゆったりした時間を過ごされてもいいんじゃないですか?」

Oさんはいつもの柔和な表情を、さらにゆるめながら、

「食べていくだけはできるんですよ。わたしは61から年金ももらっていますしね。」

でもOさんの口から、帰りたい、という言葉は最後まで聞かれなかった。



なんにもなくない。そこには美しい大地と豊かな海があるじゃないですか。

わたしは何度もそう言いかけた。

でもそれは都会に住む自分が言うことじゃない。

Oさんの島は、決して「貧しく」はなかったけれども、様々なつらく苦い経験をされてきたのだろう。



- 海以外なにもない島 -



50年の歳月を経て、そこに魅力を感じた人々が集まりだしている。

何もないことの幸せ。

溢れる物に押しつぶされそうな、この閉塞的な世の中だからこそ、それは見直されてきている。

それを幸せと感じるか、そうでないと感じるかは、各人の紡いできた人生の時間が判断するのかもしれない。



果たして「なにもない」のはどちらなのだろうか?

50年が経って、何もなくなったのはわたしたち、人間の心の方ではないだろうか?

帰りの新幹線の中で、ぼんやりそんなことを考えていた。

いつのまにかまどろんでしまい、気がついたらもうすぐ東京駅に着くことを知らせる車内放送が流れていた。


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プロフィール

ドクトル・グレイ

Author:ドクトル・グレイ
ドクトル・グレイ(愚零) (KIN 191:青い猿、青い夜)

小学生の時、鏡を見ていた自分が忽然と思った。
「自分が死んだらこの世から消えてしまう。消えてしまう自分とはいったい何なんだろう。」
以来、わたしは「大人」になった。分別知が芽生えたのである。それは無分別の世界に遊んでいた子供の楽園から、不幸の滝壷に突き落とされた瞬間でもあった。
生死の不安、明日の心配・・・
悩みはつきることなく湧き出でたが、解決の糸口はつかめなかった。
何のために生きているのか?
他の生き物を傍若無人に虐殺してまで、人間は何のために生きるのか?
将来必ず死ぬことが、わかっているではないか。
高校生の時、西田幾多郎の著作に出会った。
「絶対矛盾的自己同一」
なんだかよく分からなかったが、そこには答えとなる真理が隠されているように感じた。
いったい自分は、人間は、何を知っているというのだ。
そもそも知るという認識の過程から考え直さなければならないのではないか。
自分のことを自分が一番良く知っていると思っている。
そんなのウソだ!
自分とは何か、他とは何か、生きるとは、死ぬとは、自然とは、宇宙とは、神とは何か?
人知に照らされたこの世界。
人知に掘られた井戸の中の蛙である人類、わたし。
宇宙の果てを井戸の中に探しに行くアホらしさ。
カマキリやチョウが、明日に死ぬ心配をしているか?
相対と絶対。
不連続の連続。
少しずつ答えの入り口が見えてきた。
何も知らずしてすべてを識り、時空を知らずしてすべてを識る。
科学は無智であり、自然は無知である。
鏡に映った自分は、自分の知っている自分ではなかった。
人知による分別世界は相対世界。
相対世界は虚相世界。
虚相世界の生死、それは結局、蜃気楼。
人知の懐中電灯を消せば、薄暮に浮かぶ無限的広野が眼前に広がっていた。
真実の実相世界は無分別の智、それは絶対無。
不安、恐怖、対立、争闘・・・
虚相世界のすべての現象、それは絶対無において一縷の疑問もなく消滅した。
探し物は、遠い未来にも遥かなる宇宙にもなかった。
永遠は今この瞬間にあり、無限は目の前の一点にあった。
ごはん一粒に、無限宇宙と深遠なる神を見る。
知らない自分はすべてを識る。
自分は自然、自分は宇宙、自分は神、そして絶対無の存在。
本当の歓び、本当の愛。
あえて言葉で云うならば、絶対的歓喜と絶対的大愛に満ち満ちた世界。

人類よ、前へ進むな、振り返れ!
人類よ、今こそ行こうぞ、絶対無へ!


(KINについては、以下の「古代マヤ暦の暗号」を参照のこと)

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