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あるアルピニストより

 アルピニスト(高度な技術を持った登山家のこと)の野口健さんが、先日ラジオで言っていた。
「自然は人間が帰るところ。自然は素晴らしいけど、私は都会と行ったり来たりするのがいいですね。」

 野口さんは、七大陸最高峰世界最年少登頂記録を当時25歳で樹立された方だ。当時、新聞に大きく載ったので覚えている方も多いだろう。現在は、エベレストや富士山などの清掃登山を先頭に立って行っている。そんな登山のプロ中のプロの野口さんだが、恐怖の経験もつきものらしく、いつも帰ってくるたびに「もう山なんか登りたくない」と思うそうだ。当直で疲れきって帰ってきた時の自分も同じだった。「もう二度と医者なんてやりたくない」。最近は当直はないが、かつては相当の苦痛を感じたものだ。
 その野口さんがさらに興味深い話をしていた。恐怖と絶望で生きる気力をなくした時どうするか。
「僕は登山に女性の香水をしみこませたハンカチを持っていくんです。めげそうな時これを嗅ぐと、『あなた、戻ってきて』みたいな感じがして、生きて帰んなきゃ、と力が出るんです。」

 これは自分も男なので、すごくわかる気がする。人間とはなんてかわいい生き物であろうか。生と死の狭間にもがく屈強な男が、かすかな香水の香りで女性を想像し、死の淵から頑張れるのである。それを単に愛の力というにはちょっと安っぽすぎる。
 生き物の気配のない自然の中に長くいると、人や動物が恋しくなる。そして野口さんは、こうした厳しい環境では経験上、男性よりも女性の方が強いと言っておられた。男は本質的に、一言でいうと甘えんぼなのだろう。

 私も野口さんの言葉には全く同感だった。いくら自然が好きでも、一生を奥深い森の中で過ごそうとは思わない。理想的なのは、住むのは町、出かけるのは自然だ。そして自然の中に小さな小屋を得ることが許されたら最高だ。人は人の中でしか生きていけない。決して一人だけでは生きていけない。どんなに人が嫌いだと思っていても、最終的にはそこに行き着く。

 人は時に過ちを犯すし、他人に腹を立てることも多かろう。でも、どこかおバカでお茶目で恥ずかしげでかわいくもある。それが人間であり、いのちである。命の星、地球にはそんな命たちの織りなす、さまざまなラプソディーがいっぱいあふれている。私はそんな地球に、そしてそんな人間たちの中に、自らの命が続く限り少しでも長くつかっていたいと思うのである。

 生きていれば果てしなくつらいこともある。つらいことの方が多い。失敗、不安、緊張、非難、叱責、疎外、そして失恋。ときどき死にたくなる。精神科の問診で「死にたいと思ったことはありますか?」というのがある。これほど馬鹿げた質問もない。「死にたい」と思ったことのない人の方が異常だ。話を戻すが、つらいことだらけ、それが人生なのだ。人生という列車に乗ると、黙っていてもいずれ「死」という終着駅で降ろされる。旅がどんなにつらくても自ら途中下車することはあるまい。一度途中下車したら、もう二度と列車には戻れない。将来「また乗りたい」と思うときがやってきても、そのとき切符が買えるとは限らない。同じ列車の乗客たちと、喜怒哀楽を分かち合いながら、少しでも長く人生という名の列車で旅をしていたい。つらさがあるから、つらさを乗り越えたときの喜びがある。つらい気持ちのない人生なんてつまらない。つらさを楽しむ不安だらけの人生もいいものだ。
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Imagine / John Lennon

Imagine there's no heaven    
it's easy if you try      
no hell below us        
above up only sky        
imagine all the people      
living for today...        

Imagine there's no countries
it isn't hard to do
nothing to kill or die for
no religion too
imagine life in peace... 

Imagine no possessions
I wonder if you can
no need for greed or hunger
a brotherhood of man
Imagine all the people
sharing all the world... 

you may say I'm a dreamer
but I'm not the only one
I hope someday you'll join us
and the world will be as one 


想像してみて、天国はないって
やれば簡単だよ
足元に地獄はなく
頭上には空だけ
想像してみて、みんなが
今日のために生きてるって

想像してみて、国は存在しないって
難しくないよ
そのために殺したり死ぬことないよ
宗教もない
想像してみて、平和な人生を

想像してみて、財産はないって
できるかな
欲張りや飢えは必要ない
人はみな兄弟
想像してみて、みんなが
全世界を共有しているって

僕が夢を見てるって思うかな
でも僕ひとりだけじゃない
いつか君たちも一緒になって
世界がひとつになってほしい

                          

 裸の人間に「国家」や「財産」はなく、そこにあるのは一つの地球と兄弟である命たちだけ。幻想にしばられた欲を捨て、裸の自分に気づいたら幸せになれるよ、ってジョンは云っている。いつも心に刻みたい歌だ。

 ジョンの暗殺事件は、田舎町の一狂信的ファンによるものと片付けられている。しかし私は、権力・国家を維持しなくてはならない勢力が、反権力の旗手であったジョンを排除するために行った卑劣な犯行だと確信している。「邪魔者」が簡単に暗殺・毒殺されるのは過去の歴史が証明している。それだけ、歌というのは人々の心に浸透する強いパワーを持っている。

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プロフィール

ドクトル・グレイ

Author:ドクトル・グレイ
ドクトル・グレイ(愚零) (KIN 191:青い猿、青い夜)

小学生の時、鏡を見ていた自分が忽然と思った。
「自分が死んだらこの世から消えてしまう。消えてしまう自分とはいったい何なんだろう。」
以来、わたしは「大人」になった。分別知が芽生えたのである。それは無分別の世界に遊んでいた子供の楽園から、不幸の滝壷に突き落とされた瞬間でもあった。
生死の不安、明日の心配・・・
悩みはつきることなく湧き出でたが、解決の糸口はつかめなかった。
何のために生きているのか?
他の生き物を傍若無人に虐殺してまで、人間は何のために生きるのか?
将来必ず死ぬことが、わかっているではないか。
高校生の時、西田幾多郎の著作に出会った。
「絶対矛盾的自己同一」
なんだかよく分からなかったが、そこには答えとなる真理が隠されているように感じた。
いったい自分は、人間は、何を知っているというのだ。
そもそも知るという認識の過程から考え直さなければならないのではないか。
自分のことを自分が一番良く知っていると思っている。
そんなのウソだ!
自分とは何か、他とは何か、生きるとは、死ぬとは、自然とは、宇宙とは、神とは何か?
人知に照らされたこの世界。
人知に掘られた井戸の中の蛙である人類、わたし。
宇宙の果てを井戸の中に探しに行くアホらしさ。
カマキリやチョウが、明日に死ぬ心配をしているか?
相対と絶対。
不連続の連続。
少しずつ答えの入り口が見えてきた。
何も知らずしてすべてを識り、時空を知らずしてすべてを識る。
科学は無智であり、自然は無知である。
鏡に映った自分は、自分の知っている自分ではなかった。
人知による分別世界は相対世界。
相対世界は虚相世界。
虚相世界の生死、それは結局、蜃気楼。
人知の懐中電灯を消せば、薄暮に浮かぶ無限的広野が眼前に広がっていた。
真実の実相世界は無分別の智、それは絶対無。
不安、恐怖、対立、争闘・・・
虚相世界のすべての現象、それは絶対無において一縷の疑問もなく消滅した。
探し物は、遠い未来にも遥かなる宇宙にもなかった。
永遠は今この瞬間にあり、無限は目の前の一点にあった。
ごはん一粒に、無限宇宙と深遠なる神を見る。
知らない自分はすべてを識る。
自分は自然、自分は宇宙、自分は神、そして絶対無の存在。
本当の歓び、本当の愛。
あえて言葉で云うならば、絶対的歓喜と絶対的大愛に満ち満ちた世界。

人類よ、前へ進むな、振り返れ!
人類よ、今こそ行こうぞ、絶対無へ!


(KINについては、以下の「古代マヤ暦の暗号」を参照のこと)

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