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ドクトル・グレイより

 いつもお越しいただいて、申し訳なく思っております。

 健康が第一ですので、自分にできることはサポートさせて頂きたいと常々思っています。本当は皆様もお感じになっていると思うのでありますが、血液の数値だけで人間の体を評価することは、本末転倒なことでございます。西洋医学という学問も、実は人間の健康状態を知るための、単なる「断面」の一つに過ぎないものでありまして、その他、例えば漢方医学における断面では、別の結果が出るかもしれないのであります。「薬」と申しておりますものも、ある特定の疾患(例えばコレステロール)に効果がありましても、その他の部分では必ず「毒」に働いているのでございます。また100人いれば100人すべてに有効なわけでもございません。あくまで統計学的評価において、2群を比較しただけの話でございます。有効なものは、毒でもあるのです。絶対矛盾的自己同一です。本当は別なくして一つ所なのです。世界には必ず、このような対立しているよう見える、見せかけの二面性があるものだと思うのであります。また、こうした「部分」だけを見て、「全体」を見れないということは、実はこの世で一番避けなくてはいけないことであります。得てして科学は、「分析」が基礎にございますから、そうした落とし穴にはまりやすいものだと思われるのであります。ここで「全体」と申しますのは、肉体だけではなく、心、精神、魂にいたる、神ながらの生命としての全てでございます。

 おそらくすべての「結果」には「原因」がございますので、糖尿病や高血圧になりますのも、なるべくした理由があるからでございます。あくまで「薬」は対症的治療でございまして、「くさいものに蓋をする」、まさにその「蓋」のようなものでございます。くさいものの原因には、決して手をつけることができないのであります。その原因につきましては、生活習慣、食、水、メンタル的な問題、考え方・思想的な問題、ストレス、環境・・・等々、様々な要因があると思われますので、人間としてというよりも、神ながらの生命の一つとして、矛盾なき生活を送れるように、ご自身で日々心掛けていくことが、一番肝心ではないかと思っておる次第でございます。

 医療に携わる皆様方も、患者として病院を訪れる皆様方も、すべてがこの違うことなき方向性を持ち、この真実を悟りご理解頂けましたら甚だ幸いにございます。

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本当の「水」を飲もう

水道水は危険いっぱい。
もちろん井戸水も。

水道水の有害物質

日本の水道水の水質基準は、アメリカに比しかなりゆるい。
詳しくは各自で調べていただきたい。

それなのに、日本の水道は安全、と歌われ続けているのはどうしたことだろう。

安全どころか、完全に有害であると断言できる。

しかし、水道水は浄水機によって完全に安全にすることができる。

ただの浄水機ではだめである。

逆浸透膜方式の浄水器のみで、完全に不純物や毒素が除去できる。

農薬はもちろん、ダイオキシンや放射性物質まで除去可能だ。

わたしは、こちらのお店で浄水器を購入した。

家庭用アンダーシンク型 逆浸透膜方式 浄水機

電気伝導度で調べると、水道水原水 212 ppm → 濾過後 0 ppm

と完璧であった。

また、なんと「水」のおいしいことか。本当の「純水」はこんな味だったのかと愕然となった。

ふだん、水は料理に使い、お茶を沸かし、常にわたし達の体内に入っている。
毎日使用するものほど、実は恐ろしい。

毎日わたし達は、発がん物質を積極的に取り込んでいたのである。

水こそ命の源である。

本当の水を求めて、是非これらの浄水器を使用することをお勧めする。
決してこの値段は高くない。

一生、水道水を飲むことを考えれば、お金では買えない価値がある。

もうミネラルウオーターなども買う必要はない。
ミネラルウオーターは実は不純物だらけであり、蓄積は体に危険でさえある。

毎日外出するときは、この純水を持参すれば良いのである。

水道水=安全 このプロパガンダに騙されてはならない。

自動車の電磁波

わたしも中古で一台所有しているが、ミニバン(軽や1300ccサイズ)は怖い。
よく、配達などで使用されている、街でよく目にするタイプの食パン型の車のことである。

何が怖いかというと、エンジンが運転席の直下に作られているのである。
運転席を後方に引き上げると、そこにはエンジンがむき出しになっており、地面も見える。

エンジンは強い電磁場を形成する。

例のごとく、電界と磁界を計測してみた。

恐ろしい結果が出た。

やはり座席上や足回り、つまりエンジンの周囲では10~20mG(ミリガウス)という高い磁場が確認された。
一方、アースはつけてないはずであるが、電場は運転席レベルでは、なぜかほぼゼロであった。

問題は磁場である。
磁場の世界的基準値は2mG以下である。
それ以上では発癌性が増すことが世界的に確認されている。

知らないうちに強い磁場にさらされているわけであり、これは見えないだけに重大な事実である。
長時間仕事でこのような車を運転する人は、特に気にしなければならない。

一方、セダンや2000ccクラスのワンボックスは大丈夫である。
エンジンが、前方のボンネットにあるからである。
ダッシュボードに近づけば、磁場は上昇するが、運転席や助手席レベルであれば、2mGを超えるか超えないか程度であった。

運転席直下のエンジンはまずい。

では、どうすればよいのか?

わたしは、磁場防御のシールド材を購入し、座席シートと足マットの下にうまく収まるように形を加工して、敷いてみた。
すると、事前にその会社から聞いていた通り、磁場の強さが半減したのである。
それでもまだ2mGにはならない部分もある。
そういう箇所は、磁場シールド材を、2重にして敷いてみた。

完全に基準値以下にはならないが、かなりいいところまで値が下がったことは確かである。

こうした自動車などから出る磁場は、低周波の磁界であり、一般的には遮蔽はほとんど不可能とされてきた。
インターネットで「電磁波予防」とうたってある商品のほとんどは、磁場には効果はなく、電界に対するアース機能しかない。
売っている側も、磁場についてよくわかっていないように思う広告ばかりである。

わたしが辿り着いたのは、ようやくホンモノと思える、ある商品であった。

ここで紹介するのは簡単であるが、勝手にリンクは貼れないので、興味がある方は連絡をください。
確実に力価で約50%、低周波磁場を遮蔽できます。

わたしの丹念に測定した結果が証明しているので、この品は本物だと思う。
ただ値段が相当に高い。

わたしはそれでも、見合う価値があると思って買ったわけである。

ちなみにデスクトップやノートパソコンからも強い磁場が出ているので、なるべくPC本体から離れて使用した方がよい。
わたしのデスクトップPCは、至近距離で8mGを示していた。

このシールド材は、PCの磁場も遮蔽可能だ。
PCが発するのも低周波磁界であり、やはりシールド材で前を覆うと、磁場は半減した。

見えない世界は確実に存在する。
見えなくていいものもあれば、よくないものもある。

わが国は、ハイテクの技術がある国家であるが、電磁場対策がかなり遅れている国であることを知っておく必要がある。
見えるものに強くても、見えないものには弱いのである。

これは「生と死」にも似ている。

見えないものは自分で考え、自分で守っていくしかない。

死も自分で受け入れ、考えていくしかないのである。


ヤブ医者の移動平均線

わたしは医者なので、体の調子が悪くても病院にはかからない。

検査も受けない。

病院などごめん被る。

白衣の人間と消毒薬の臭いは吐き気を催し、余計調子が悪くなる。



わたしは医者なので、調子が悪いときはまじないに頼る。

「天にマシますヤオヨロズの神様よ、神は神でも髪は生えていなくてもよろしい、わたしの体に取りついたキツネさまを取っておくれ・・・イタイイタイの飛んでゆけ! それっ!」

と心して念じる。

すると、だいたいこれで治る。




そもそも医学とは何だ?

医学は学問であり、学問は科学であり、科学は哲学的経験に基づいている。

経験の蓄積、それはつまり統計だ。



出た、統計!



たとえば、採血でBNPが高く、レントゲンで心臓が大きくうっ血を認め、足にむくみがあり、呼吸が苦しいと云っておれば、まず心不全と診断される。

しかしこれは、あくまで心不全の「可能性が高い」ということであり、絶対に心不全だとは言い切れない。

いくつかの検査や所見を組み合わせるのは、可能性の確立を高めるためだ。

BNPが高いだけでは、単なる腎機能障害かもしれぬ。

足にむくみがある人などいっぱいいる。

息が苦しいだけでは喘息かもしれぬし、単に苦しいと思っているだけかもしれぬ。

でもいくらそれらしき所見を並べても、可能性は100%にはなりはしない。

確診して治療して良くなったとしても、それは結果論であり、診断の時点で100%を断ずることは絶対にできない。



統計といえば株であり、競馬である。

話を株にしぼろう。

株も生き物のようなものであり、上げるのか下げるのか、海のものとも山のものともつかぬ。

でも、投資家は、上げるのか下げるのかを読まねばならぬ。

その指標として、システムトレーダーのわたしが用いているような、テクニカル指標やファンダメンタル指標が存在する。

移動平均線、ボリンジャーバンド、RSI、サイコロジカル、一目均衡表、などなど山のような数の指標がある。



ほら、医学と似ていないか?

移動平均線だけでは、先はまったく読めぬ。

RSIだけでも同様だ。

でもそれにボリンジャーやサイコロジカルなどが加わっていけば、先を読める確立が上がるのだ。

わたしの「診断率」は過去の検証からはじき出すと、93%もある。

なかなかの名医だ。

でも絶対に100%は不可能だ。

真実と未来は神様にしかわからない。




ところで、一般人のあなたは体の調子が悪いとする。

どことなくだるくて、微熱があるようで、なんかヘンだ。

もしかして重病なのでは? まさかガン? ガーン・・・

あなたは、たけしのなんとかTVを思い出し、あわてて病院を受診する。



「では、検査をしましょう。まず採血と検尿、レントゲンもとってください。」

と医者に言われる。

このとき、この医者の頭には、たくさんの病気がよぎっている。

でも顔色、態度などの雰囲気で(これも経験からきた統計の一つ)、たいした病気じゃないことは想像できている。

あなたを女性とすれば、尿路感染症(膀胱炎)などを念頭に考えている。

あなたが男性であれば、怪しげな肝障害や感染症などないか調べる。

いずれにしても、採血でCRPが上昇していないか、白血球の上昇はないかを見る。

尿路感染症であれば、尿中に白血球や細菌を認めるはずだ。

レントゲンでは、万一の肺炎、結核などないかを見よう。



検査結果を組み合わせて考えたところ、可能性の高い「病気」がほぼ診断されれば、あなたは大吉である。

やっぱり病院に来て良かった、となる(かどうかは知らぬが・・・)。

しかし、これらの「指標」だけでは診断できかねるケースも数多い。

つまり、「検査結果は異常ありません」なのだ。

医者は、ほれ早く帰れといわんばかりに、

「たいしたことなさそうですから、心配には及びませんよ。また悪くなるようなら来てください」

とノタマい、あなたは安心半分不安半分で長い時間を浪費したあげく、金だけしっかり搾取され、シブシブ、トボトボと帰ることになる。



株も同じである。

システムトレードは、組み合わせた指標すべてを満たす銘柄のみが抽出される。

つまり、これら「検査結果」からほぼ確実な上昇を予測されるものだけが、「異常」として診断されるのである。

すべての銘柄は、必ず上がるか下がるかするわけだ。

でも異常(=上がる)と「診断」されるのは、統計を満たしたごく一部のものだけだ。

ほとんどの異常は診断されない。



医学もいっしょだ。

医学の各種診断ツールに当てはまらなかった場合は、「異常なし」なのである。

実際にはみんなどこかしら不調だから病院に来るわけだ。

それは本人にしかわからない感覚で、必ずどこかが異常であるのは真実だろう。

でも検査の結果が異常なければ、医学ではそれを異常とは認めないのだ。



逆に医学にそれ以上を求めても無駄である。

それは医学が科学だからで、それら異常を分別するツールを経験則を積み重ね、確立してきたことで成り立っている学問だからである。

ツールの網にかからない場合は、医学は決して異常としてはいけないのである。

その経験則を無視してしまったら、医学は学問ではなくなる。



そのツールをうまく使いこなし、普通よりも多くの「上昇銘柄」を抽出できる医者は「名医」と呼ばれる。

権威ある名医は上昇銘柄以外を上昇すると云ってはいけない。

人望が篤い名医は、統計を無視して決してまじないに頼ったりしてはいけない。





一方、ヤブ医者は、きょうも「異常」のない異常の患者さんの話をフンフンと聞き、「あなたはやっぱり異常です」と云った。



がんばれヤブ医者!

人生街道、病院交差点

日本人は病院が好きだと云われるが、みんな何を求めて病院に来ているのだろうか。

診察室に座って10年になるが、そこから見た風景は色々と考えさせられる。



病院は勿論病気を見つけて治すところだが、必ずしも受診者全員がそれに当てはまらない。

受診する人々の人生哲学が渦巻き交差するところ、それが病院である。



各人の求めるところを察してあげないと、病院は病気を治すどころかストレスを生むところになってしまう。



病気とは健康の対極だ。

生とは死の対極だ。



それぞれは絶対矛盾的存在であるが、お互いが存在しなければ単独では存在し得ない概念である。

病気を見るなら健康を、生きていたいのならば死ぬことについてを、より深く洞察しなくてはならない。



果たして病院を受診する人のどれだけが自分の死について考え抜いているか。

その「死の受容」ともいうべき人生哲学を、所持しているかどうかが、各人の受診態度に大きく影響していることに気がついた。





つらくて病院を頼ってくる人を、ClassIとして、以下受診してくる人たちを、「死の受容」をキーポイントに大きく6つに分類してみた。これは急病、慢性病、健診受診などすべてを含んだ分類であり、急病は主にClassIとClassVIになる。そしてClassIのケースでは、急病が治ってからClassII, III, IVのどこかに移行するはずだ。






受診のタイプ別分類


Class I(希望的受診) つらくてしんどいので何とかして欲しい。

ClassII  生きている以上は健康でいたい。

 ClassIIa(自主的受診) 死の受容ができている。ある意味悟っている人。

 ClassIIb(執着的受診) 死の受容はできていない。とにかく生きていたい。

ClassIII(義務的受診) とりあえず健康でいないと仕方ない。死の受容はできていない。

ClassIV(無関心的受診) 健康や死について特に何か考えているわけではない。医者にいけと云われたから来た。クスリを飲まなきゃダメだと云われたから通院している。

ClassV(マニア的受診) 体のどこかに異常がないか無性に心配になる。病気を見つけることが趣味になっている。家にいると不安になるが、病院に来るとほっとする。死の受容はできていないことが多い。

ClassVI(連行的受診) 死んでも病院は嫌だ。家族に無理やり連れてこられた。自分の意思に関わらず、救急車で運ばれてしまった。死の受容はできていることが多い。



<解説>

ClassIは、本来の病院の意味を発するケースであり、痛い原因やつらい気持ちを何とかしてあげなくてはならない。風邪を含む急病や重症、さらにはうつ病など含む。医者冥利につきるケースであるが、万一これを断ったりすると訴訟まで発展しかねない。つらい苦しいと云っているのであるから、このClassIの判断は容易である。ClassIに対するだけであれば、精神的には難しくないのであるが、次のClassII以下の様々なタイプに対しても、それがどのタイプか瞬時に判断して、各人に手際よく接する必要があり、病院は接客・サービス業と化す。

ClassIIは通常の考え方である。ClassIIaの方は、とても礼儀正しく、接していて気持ちの良い会話ができる人たちであるが、その人数は少ない。ClassIIbも礼儀正しい会話をする人たちであるが、ややギラギラしていて突然怒り出すことがある。求めるものが大きく、自分がこうだから他人もこうあるべきだ、という理想論が高い。しかしいわゆるクレーマーにはなりにくい。

クレーマーになるのは、ほとんどがClassIIIである。気持ち的に仕方なく受診しているので、些細なことにも文句が多い。実際にはこのClassが一番人数が多い気がする。

ClassIVは、こちらが話しかけないとホントにすぐ診察が終わってしまう。クスリなども素直に飲んでいる。しかし逆に何かを見逃すことも多くなるだけに、要注意である。見逃しが起こったときには、本人はあっけらかんとしているが、突然家族が出てきて訴訟にも発展しかねない。意外にもClassIIIについで多いようだ。

ClassVは、いわばビジネス取引のようになる。異常がないことがわかっていても、本人が要求心配している以上、万一病気があると問題なので、希望通り徹底的に検査をしていくことになる。その結果、異常なしと診断すると、逆にがっかりして余計に心配をされるので、まったく拍子抜けしてしまう。ある程度検査が済んだら、話をじっくり聞いてあげるとそれだけですんなり帰られていく。しかし時間がかかるので、混んでいる外来では要注意である。

ClassVIは、まったく可哀想な例であるが、受診した以上は家族とのやり取りとなる。





あなたはどのタイプで受診をしますか?

受診する時は、ClassI、せめてClassIIaの心を持っていたいものです。

でもたぶん私は、ClassVI。

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プロフィール

ドクトル・グレイ

Author:ドクトル・グレイ
ドクトル・グレイ(愚零) (KIN 191:青い猿、青い夜)

小学生の時、鏡を見ていた自分が忽然と思った。
「自分が死んだらこの世から消えてしまう。消えてしまう自分とはいったい何なんだろう。」
以来、わたしは「大人」になった。分別知が芽生えたのである。それは無分別の世界に遊んでいた子供の楽園から、不幸の滝壷に突き落とされた瞬間でもあった。
生死の不安、明日の心配・・・
悩みはつきることなく湧き出でたが、解決の糸口はつかめなかった。
何のために生きているのか?
他の生き物を傍若無人に虐殺してまで、人間は何のために生きるのか?
将来必ず死ぬことが、わかっているではないか。
高校生の時、西田幾多郎の著作に出会った。
「絶対矛盾的自己同一」
なんだかよく分からなかったが、そこには答えとなる真理が隠されているように感じた。
いったい自分は、人間は、何を知っているというのだ。
そもそも知るという認識の過程から考え直さなければならないのではないか。
自分のことを自分が一番良く知っていると思っている。
そんなのウソだ!
自分とは何か、他とは何か、生きるとは、死ぬとは、自然とは、宇宙とは、神とは何か?
人知に照らされたこの世界。
人知に掘られた井戸の中の蛙である人類、わたし。
宇宙の果てを井戸の中に探しに行くアホらしさ。
カマキリやチョウが、明日に死ぬ心配をしているか?
相対と絶対。
不連続の連続。
少しずつ答えの入り口が見えてきた。
何も知らずしてすべてを識り、時空を知らずしてすべてを識る。
科学は無智であり、自然は無知である。
鏡に映った自分は、自分の知っている自分ではなかった。
人知による分別世界は相対世界。
相対世界は虚相世界。
虚相世界の生死、それは結局、蜃気楼。
人知の懐中電灯を消せば、薄暮に浮かぶ無限的広野が眼前に広がっていた。
真実の実相世界は無分別の智、それは絶対無。
不安、恐怖、対立、争闘・・・
虚相世界のすべての現象、それは絶対無において一縷の疑問もなく消滅した。
探し物は、遠い未来にも遥かなる宇宙にもなかった。
永遠は今この瞬間にあり、無限は目の前の一点にあった。
ごはん一粒に、無限宇宙と深遠なる神を見る。
知らない自分はすべてを識る。
自分は自然、自分は宇宙、自分は神、そして絶対無の存在。
本当の歓び、本当の愛。
あえて言葉で云うならば、絶対的歓喜と絶対的大愛に満ち満ちた世界。

人類よ、前へ進むな、振り返れ!
人類よ、今こそ行こうぞ、絶対無へ!


(KINについては、以下の「古代マヤ暦の暗号」を参照のこと)

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