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史上最高の投手

プロ野球開幕

セは2試合も無安打試合が生まれそうだった

日本には素晴らしい投手が多い

野茂 松坂 ダルもそうだ

江川もすごかった 

槙原 の完全試合も覚えている

バースを抑えた リリーフの 角 もある意味すごかった


でも自分が見た中で最高だった投手は・・・


伊藤智仁


ダントツだった

自分が生まれる前の かなり昔の投手はわからないが

ここ30年では、彼がNo1 だと思う


あの切れ味鋭い 高速スライダー

内角ボールゾーンから内角に切れ込む ブーメランのようなスライダー

打者も当たると思って 思いっきりのけぞってよけていた

それがストライク!

「インスラ」

ってよばれていたっけ

あれはすごかった

魔球

球が意思を持った生き物みたいだった

スライダー全盛の今だが

あの球筋を超える投手は 日本では見たことがない


将来、同じような「魔球」を投げる投手に出てきて欲しい

自分が生きているうち またあの驚きと感動を 期待したい

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マヤ暦KINにみる 真央とヨナ

本編は、右の紹介欄にある書籍、メムノシス先生の「古代マヤ暦の暗号」を参考にしている。読者も手元にこの本を置いて対比されることをお勧めする。

この本にある、マヤ暦のツォルキン、KINが、あまりに明確に現実世界にシンクロしていることは、理屈抜きにわたしは体感済みである。
そこで、このたび話題を独占した、あの二人について、KINを調べてみたくなった。
以下、わたしなりの独断の考察であるが、驚くべき結果が見えてきたので報告したい。


まず、テレビで拝見した二人の誕生日のKINからお示ししよう。

ヨナ 1990年9月5日生 KIN 130(KINの中心)「13・白い犬 WS 白い鏡」(青い城)
真央 1990年9月25日生 KIN 150(マヤの機織) 「7・白い犬 WS 黄色い種」(青い城)

二人とも一見してすごいKINであり、また共通点の多いKINでもある。

ヨナは、KIN 130。260周期のKINの中心点は、KIN 130とKIN 131の間であり、まさにKIN 130はKINの臍ともいっていい。
真央は、KINで20後ろなので、ツォルキン表では、ちょうどヨナの右隣である。そして、KIN 150は、黒塗りされたマヤの機織のKINであり、ヨナのKIN 130を含む中心列の左右に位置する「右の脊髄」の一画に位置する。これだけでもこの二人が、世の人々の注目を集める存在であることは理解できる。また、二人のKINがくっついて並んでいるという事実が、二人とも非常に似ており、また宿命的なライバルとなりえる存在なのだと感じられる。

マヤの機織は、周囲に強い影響力を持ち、また宇宙からは新たな変容のパワーが流れ込むとされている。ビートルズのメンバーは全員、このマヤの機織だったそうだ。真央が日本中の人々を魅きつけるのも、納得できる。
一方、ヨナはマヤの機織の脊髄に挟まれた中心に位置し、変容を消化できる安定した強い運気を生まれながらに持っている。普段はマヤの機織の真央ほどは目立たない存在かもしれないが、いざとなれば確かに世界を制圧するような座に位置しているともいえる。

起承転結で考えると、ヨナは太陽の紋章とWSが白と白で、承と承。真央は白と黄で、承と結。承は鍛錬を表すので、ヨナは常に練習に練習を重ねる努力家の人生を表す。黄の結は、まとめと熟成を表すので、真央は、鍛錬の結果を上手にまとめあげることができる人生であるといえる。

銀河の音は潜在的な能力を表す。ヨナは13で、13ある音の最後に位置する集大成である。様々な困難を忍耐で乗り越え、調和させ集大成させる、そのような総合力を持つ人であるといえる。また13は次に始まりの1につながる。集大成させると同時に、新たな何かを生み出す創造力も併せ持つという、すごい能力がある人なのである。一方、真央はラッキーセブンの7である。7は神秘的な潜在力を持つとされ、宇宙の波動に自分の波動を合わせれば、思わず幸運が舞い降りるとされる。そして、神秘的であると同時に、調和調律させる能力を持つ。調和させることができるから、宇宙の声も聞けるのである。銀河の音で考えると、ヨナは集大成の総合力、真央は調和がもたらす神秘力、がキーワードと言えそうだ。

太陽の紋章は、二人とも白い犬で同じである。白い犬の持つ意味は、誠実さと家族愛である。何をするにも誠実さがなくては、ことは進まない。努力も実らない。そして周囲の支えてくれる人たちへの素直な感謝と愛がある。これは二人に共通することと思われる。

潜在意識を表すとされるWSについては、ヨナが白い鏡で、真央が黄色い種である。白い鏡は、永遠性、秩序、知恵を表す。黄色い種は、文字通り種をまき、気付きと開花を促す存在である。

ヨナと真央は太陽の紋章が同じ白い犬で、誠実な感謝の気持ちを持って日々精進しているものと思われるが、その根底にあるものは、ヨナの場合は、永遠性を求め秩序を重んじる心であり、また賢い知恵であり、堅実な努力とその先にある無限の解放される力を感じる。真央の場合は、心に気付きを与える存在であり、ヨナと比べて直感的な感性を感じる。実際、今回の演技では、ヨナは計算されつくした堅実で確実性のあるプログラミングを立ててきた。真央は、やはりといっては何だが、トリプルアクセルにこだわり、結果は銀メダルであったが史上初となる演技で私たち観客の心を虜にした。

不思議なことに、これは先に述べた起承転結と銀河の音の話に、かぶってくる。ヨナは白と白で非常な努力の人生であり、また音13は、永遠性と同じ集大成の総合的な力であった。真央についても、音7は、神秘と幸運であり、それを調和させまとめあげるのは、白と黄である。

WSよりもさらに奥にある集合的無意識を表すとされる城については、二人とも青い城で同じである。青は変容を表す。二人の人生は、常に変化を求め、また変化することによって進化を続けいくものなのかもしれない。青い城である以上、金メダルを取ったヨナであるが、さらなる進化を求めて、またKINが示す永遠性と集大成に向かって、これからも日々努力を続けていくはずである。真央もはっきりと、また次の五輪を目指すとインタビューで答えている。まだまだ変化を追い求めていくのだろうが、真央はいかに神秘的な宇宙の力を直感的な感性でつかむかということが、ポイントとなるはずだ。考えるよりも感じる心。その感性が最大限に生かされたときに、真央の力は最高に伸びるはずである。

ところで、二人の人間関係には、類似KINも反対KINも神秘KINもガイドKINもない。しかし、太陽の紋章と城が同じであり、KINが隣同士並んでいるというだけでも、十分強いつながりがある二人であると考えられよう。



さて、今回のオリンピック。ヨナが金、真央が銀で終わったが、今年の誕生日のKINはどうだったのであろうか。現在続いているのは、互いの2009年9月の誕生日に始まる1年のKINの流れである。

ヨナ KIN 45「6・赤い蛇 WS 黄色い太陽」
真央 KIN 65「13・赤い蛇 WS 赤い空歩く人」

赤い蛇は、情熱と強い生命エネルギーあふれる本能の力を表す。まさに二人とも、今年のオリンピックは、その通りになった。ただし、真央のWSは赤い空歩く人で、これは人を助ける意味を持つのに対し、ヨナのWSは黄色い太陽で、この黄色い太陽は最後の20番目に位置するやはり集大成なのである。実際、黄色い太陽は、知恵や知識とすべてを包含する太陽の力を意味する。真央が人を助けてしまうのに対し、ヨナは完全な力を持っていた年なのであった。いくら真央の今年の銀河の音が、集大成の13を示していても、WSのこの潜在的な働きにはかなわなかったとみるべきである。



では、4年後の次回オリンピックでは、どうなるのか。

ヨナ KIN 205「10・赤い蛇 WS 黄色い戦士」
真央 KIN 225「4・赤い蛇 WS 白い風」(WS始まりの222はマヤの機織)

なんとまた太陽の紋章が、赤い蛇である。どうやらちょうどオリンピックイヤーは常に赤い蛇になるようであるが、それ以外の3年間は、決して赤い蛇にはならない。まさにオリンピックで本能と情熱をぶつけ合う間柄、まさに持って生まれたライバルなのかもしれない。

さて注目のWSであるが、ヨナは黄色い戦士、真央は白い風。黄色い戦士は、文字通り戦いであり、また戦いを突破する力と宇宙的な力、知性を意味する。ここでも知性という言葉が顔を出す。これでは次回もヨナに凱歌があがりそうである。一方の真央の白い風は、これまた実に真央らしい。白い風、それは繊細な感性と霊的なスピリット、豊かな創造力を表す。ところで、注目すべき点がある。真央のWSの始まり、銀河の音が1であるKIN 222が、真央の1990年の誕生日と同じく、黒塗りのマヤの機織になっているのである。これは、このWS白い風が、この年は周囲に強い影響力を持つことを表すと思われる。二人とも次回のオリンピックでは、互いにそれぞれの持ち味を発揮できる環境にありそうだが、真央に吹く風がやや追い風となることを予見しているのかもしれない。

また、銀河の音にも注目である。ヨナの10と真央の4は、実に正反対の関係にある。音4は、緻密な計測を意味し、音10は生産、プロデュースを意味するのであるが、音4はプロデュース能力が欠け、一方の音10には緻密性が欠けるのである。これは興味深い事実である。ヨナは天性の知恵と賢さから、緻密な努力を身上としてきたはずであるが、その緻密性が欠けるというのである。総合力は維持しているものの、緻密性に問題ありと出ている。一方、真央は元来、天性の直感と感性を大事にしてきたが、その真央に緻密な計測能力が現れるというのである。

どちらも一長一短が感じられるが、今回のオリンピックはヨナに対して完璧なまでの条件が整っていたのに対して、次回のオリンピックイヤーは、真央に今年よりも良い流れが現れることになっており、ヨナにとっては今回よりもマイナスな条件が発生している。

ではヨナが不利かといえば、決してそうではない。今回は点数でも二人には相当な開きがあった。この差がどこまで縮まるかということであり、真央としても全力で自分の運をつかみにいかなくては、天性の音13のヨナ、そしてツォルキンの中心にいるヨナには勝ち目はないだろう。一ついえることは、今回のオリンピックよりは、伯仲した勝負が展開されそうだということだけである。

4年後にこの記事を読み返してみるとき、どういう思いを抱くか、まるでタイムカプセルを預けるような気持ちである。






命の星

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」(福沢諭吉、学問のすすめ)
「宇宙船地球号」
「われら動物みな兄弟」(畑正憲、角川書店)

 地球には数え切れない生命が宿っています。同じ生命にエライもエラクナイもなく、人間は人間以上の存在ではあり得ません。命はみな「生きていたい」と感じます。動物も追われれば逃げ、ハエやゴキブリも叩かれようとしたら逃げます。植物も必死に太陽に向かって体をよじります。命は生きるために泥臭くもあります。けんかもします、恋もします。そんな私たちのそばに息づく命たちは、みな美しく、そして愛おしくもあります。種は違っても同じ地球に生まれ、生きている命であることには変わりありません。「思いやり」や「愛」は命の中からしか生まれません。命は命の中にあってこそ輝きます。近代における「思いやり」のない自然破壊は悲しい限りです。命を軽視したら最後のツケは自分に回ります。なぜなら命は命の中でしか生きていけないのですから。地球のすべての生き物が自由に命を謳歌できる世界を再び取り戻せるでしょうか?人間の世界ですら自由でないのですから、自分を周りよりエライと勘違いしている方々や、いっときの自分の富や欲望のことしか考えない方々が生息している限り難しいかもしれませんね。
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プロフィール

ドクトル・グレイ

Author:ドクトル・グレイ
ドクトル・グレイ(愚零) (KIN 191:青い猿、青い夜)

小学生の時、鏡を見ていた自分が忽然と思った。
「自分が死んだらこの世から消えてしまう。消えてしまう自分とはいったい何なんだろう。」
以来、わたしは「大人」になった。分別知が芽生えたのである。それは無分別の世界に遊んでいた子供の楽園から、不幸の滝壷に突き落とされた瞬間でもあった。
生死の不安、明日の心配・・・
悩みはつきることなく湧き出でたが、解決の糸口はつかめなかった。
何のために生きているのか?
他の生き物を傍若無人に虐殺してまで、人間は何のために生きるのか?
将来必ず死ぬことが、わかっているではないか。
高校生の時、西田幾多郎の著作に出会った。
「絶対矛盾的自己同一」
なんだかよく分からなかったが、そこには答えとなる真理が隠されているように感じた。
いったい自分は、人間は、何を知っているというのだ。
そもそも知るという認識の過程から考え直さなければならないのではないか。
自分のことを自分が一番良く知っていると思っている。
そんなのウソだ!
自分とは何か、他とは何か、生きるとは、死ぬとは、自然とは、宇宙とは、神とは何か?
人知に照らされたこの世界。
人知に掘られた井戸の中の蛙である人類、わたし。
宇宙の果てを井戸の中に探しに行くアホらしさ。
カマキリやチョウが、明日に死ぬ心配をしているか?
相対と絶対。
不連続の連続。
少しずつ答えの入り口が見えてきた。
何も知らずしてすべてを識り、時空を知らずしてすべてを識る。
科学は無智であり、自然は無知である。
鏡に映った自分は、自分の知っている自分ではなかった。
人知による分別世界は相対世界。
相対世界は虚相世界。
虚相世界の生死、それは結局、蜃気楼。
人知の懐中電灯を消せば、薄暮に浮かぶ無限的広野が眼前に広がっていた。
真実の実相世界は無分別の智、それは絶対無。
不安、恐怖、対立、争闘・・・
虚相世界のすべての現象、それは絶対無において一縷の疑問もなく消滅した。
探し物は、遠い未来にも遥かなる宇宙にもなかった。
永遠は今この瞬間にあり、無限は目の前の一点にあった。
ごはん一粒に、無限宇宙と深遠なる神を見る。
知らない自分はすべてを識る。
自分は自然、自分は宇宙、自分は神、そして絶対無の存在。
本当の歓び、本当の愛。
あえて言葉で云うならば、絶対的歓喜と絶対的大愛に満ち満ちた世界。

人類よ、前へ進むな、振り返れ!
人類よ、今こそ行こうぞ、絶対無へ!


(KINについては、以下の「古代マヤ暦の暗号」を参照のこと)

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